Trist

やっぱり私は、デザインの仕事がしたかったんだ


私はデザイン学校を卒業後、印刷会社に就職しました。
配属された部署は製版課。
製版とは、デザインデータを美しく正確に印刷するために調整をかける仕事。
クリエイティブな要素はほぼ無く、ただひたすら誰かがデザインしたものを印刷物に変換する毎日でした。
本当はもっと自分でいろいろなデザインがしたかった、こんなはずじゃ無かったという思いは強く持っていましたが、
当時の私はそれを打破するチャンスをつかむことができず、悶々としていたように思います。

それでも少しずつ社内でやりたい事の幅を広げ、デザインのお仕事も手がけられるようになったのですが、
出産を機に所属部署が変わることになり、またスタートライン…いやマイナスに戻ってしまいました。

(これがお母さんの現実、働ける場所があるだけいいじゃないか)と自分に言い聞かせ、
どうにか新しい部署での仕事を好きになろうと努力しましたが、
慣れない育児と東京までの通勤で疲弊しきっていた私には、それは難しい話でした。

そして私の長所だったはずのポジティブさがすっかり消えてしまったことに気づき、
このままではいけないと、十数年勤めたその会社を退職しました。

息子も保育園をやめる事になり、幼稚園へ入園。
下の子も生まれ、すっかり専業主婦。

でもそういうものなんだ、これが幸せなんだと思っていました。
そうやって7年もの月日があっという間に過ぎました。

ただやっぱり、絵を描いたりデザインを考えたりするのが好きだという気持ちはあったので、
小学校の広報委員会や自治会の月刊紙を作るボランティアを引き受け、細々とスキルを繋げていました。

そんな私に、友人経由で突然のお仕事依頼が舞い込みました。
デザイナーの確保ができず困っているという、200ページのパンフレットのお仕事でした。

今の私にそんな大きな仕事ができるのか?という不安よりもなぜか、これを引き受けないと絶対にダメだ!という焦りのような気持ちが大きくふくらみました。
絶対にやり遂げようと思いました。

そして引き受けて数週間、徹夜の日々が続きます。

でも本当に、本当に楽しかった。
疲れることさえ楽しくて仕方ない、不思議な感覚のまま校了を迎えました。

それで気がついたのです。
やっぱり私は、デザインの仕事がしたかったんだ、と。

子どもがいるから、幼稚園があるから、小学校があるから、家事があるから、東京まで通えないから、とごまかして来たけれど、
もっと年を取った後で本当にそれで良かったと思えるだろうか?

子どもたちにそんな姿を見せてもいいのだろうか?

いや
きっとうまくいくやり方があるはず

でもそれって何だ?
私の『正解』って何だろう?
何だか楽しいことが起こる気がする!

そんな風にワクワクしていた時に、Tristからデザイナーを探しているというお誘いの電話を受けました。

(来た!)と思いました。
(もう、何だってやってやる!)と思いました。

あの時の興奮した気持ちは、その後も私の大きな支えになっています。
そして1年が経った今も、その気持ちが冷めることはありません。

でもそれは、夢や魔法ではなく
Tristにいる人たちとの相互理解によって高め合った結果だと思っています。

『常識の、少し先へ』

Tristには、たくさんの経験の中で、本当の喜びや辛さを知っている、
知った上でどう生きるかを考えている人たちが大勢います。
そういった人たちとのふれ合いを通して、私はより一層自分を知ることができ、
また次の一歩を踏み出せるのだと思います。