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NEWS【流山市まちづくり顧問に就任しました】

一ミリも地域に興味がなかった10年前から、顧問になるほど街で活動できるようになれたのは2人のおかげです。
1人は近藤美保さんです。
縁もゆかりもない流山に越してきて、彼女が初めてできた友達でした。彼女は全ての人脈をくれました。彼女と8年前に初めてやったプロジェクトは教育長と市長を呼んで「この街でどんな子に育って欲しいか」を語るワークショップでした。
当時まだ会社員だった彼女は、今、政治家として活動しています。女性と子どもの命のために政治家という立場を最大限に活かして、個別に寄り添い、問題を顕在化し、解決する仕組みを政策に落とし込んでいる彼女は地域におけるセーフティネットです。彼女が寝る時間も惜しんで目の前に困難を抱える人のために活動してくれているから、私は未来のワクワクを作る存在でい続けられます。
もう1人は河尻和佳子さんです。
流山市マーケティング課課長さんです。
マーケティング課の仕事を私目線で100文字程度で表すと『街に呼び込んだ人が、街に関心を持ち、自ら課題をみつけ、自分ごととして時間やお金やエネルギーを掛けて事業(行動)を始めていきたくなるように火種をつくる仕事。多様なサービス・居場所が充実することで既存住民の満足度があがり、新規転入者が街を選ぶ際の差別化となる。つまり、マーケティング課は「尾崎えり子」をつくる仕事だ。』と思っています。全てのターニングポイントには彼女がいました。街での活動も、起業の背中を押したのも彼女です。空飛ぶ教室も河尻さんが「修学旅行いけなくなった子達に何かできないかな?」と相談してくれたことから始まりました。
私は自己顕示欲の塊なので、あたかも自分の力で成長してきたような顔をしていますが、近藤さんの作ったセーフティネットの上で、河尻さんにチャンスをもらいながら、目立つ神輿の上でわきゃわきゃしているだけです。
政治家も職員も、なかなかスポットライトが当たることが少ない職業ですが、彼女達が一点の曇りもなく「子ども達の未来」のために動いているから、私は流山の未来を信じられています。住む場所として、この場所を選んでいます。微力ながら、私も力を注ぎたいと思います。
※「生駒に流山に磐梯町に、そんな色々やったら、中途半端になるんではないか?」とご心配されるかもしれませんが、私は「職」のために何か別のことはしません。力や時間を役職に分散するのではなく、自分のやりたいことを全てに活かします。職よりも自分が中心にいます。実践の場所が増え、得た失敗成功ノウハウを共有する場所が増えればそれだけ早く変革できます。日本の教育を腹抱えて爆笑レベルに、めちゃくちゃ面白くすることしか考えてないので、ご安心ください。